結論:噛み合わないのは「症状」と「原因」で話しているから
エンジニアとの会話が噛み合わないと感じるとき、その原因の多くは能力やスタンスの問題ではありません。ビジネス側は「症状(動かない・古い・遅い)」で話し、エンジニアは「原因(更新・設定・接続・互換性)」で話している——この語彙のズレが、すれ違いの正体です。
解決の鍵は、専門知識を身につけることではなく、ひとつの相談を「別々の問題」に分解すること。本記事では、ビジネス側が会話を前に進めるための「分解の型」を、実際の支援事例とともに解説します。AI・DX導入のプロジェクトほど、この翻訳が成否を分けます。
なぜ会話が噛み合わないのか
ビジネス側の担当者は、目の前で起きている「困りごと」を伝えます。「サイトが重い」「フォームが動かない」「システムが古い」——いずれも症状の言語です。
一方エンジニアは、その症状を引き起こしている原因で考えます。「重い」の裏には画像最適化・サーバー設定・コード・通信のどれかがあり、「動かない」の裏には設定ミス・接続断・仕様変更のどれかがある。だからエンジニアは「それは更新の話ですか、設定の話ですか?」と問い返します。
ここで大切な前提を置いておきます。エンジニアの問い返しは、決して意地悪ではありません。限られた情報から最短で正しく直すために、原因を確かめているのです。むしろ、推測で進めて事故を起こさないための誠実な姿勢といえます。噛み合わなさは、どちらかが悪いのではなく、立っている言語(症状か、原因か)が違うだけ——この前提を共有できると、会話はぐっと進めやすくなります。
このすれ違いは、コミュニケーション不足としてプロジェクトの停滞要因になります。PMI(米国プロジェクトマネジメント協会)の「Pulse of the Profession」でも、コミュニケーション不足はプロジェクト失敗の主因として繰り返し上位に挙げられています。技術力の問題ではなく、症状と原因をつなぐ「翻訳」が欠けていることが、噛み合わなさの構造的な原因です。
会話を前に進める「分解」の型
翻訳の実体は、難しい技術用語を覚えることではありません。ひとつの相談を、独立した複数の問題に切り分けることです。やることは3つだけです。
手順1:まず「これは何の話か」を1つに切る
相談を受けた(あるいは投げる)とき、最初に問うべきは「これは更新の話か、設定の話か、それとも別の話か」です。ビジネス側が「アップデートしないと」と1つの塊で捉えていたものが、実際には複数の独立した問題であることは珍しくありません。
切り分けの観点は、たとえば次の4つです。
- 更新:ソフトやプラグインのバージョンを上げる話か
- 設定:既存の仕組みの設定・つなぎ方を直す話か
- 接続:データが意図した先(CRM・分析ツール等)に届いているかの話か
- 別件:上記とは独立した、別タイミングでやるべき話か
手順2:一次情報を1つだけ見る
噛み合わない会話の多くは、双方が「たぶんこうだろう」という推測で話しています。これを断ち切るのが、一次情報を1つだけ確認することです。
「フォームのデータがCRMに届いていない気がする」なら、推測で議論する前に、実際の管理画面で1件レコードが作られているかを見る。技術が分からなくても、ログ・管理画面・送信されているHTMLのような「事実が映る場所」を1つ開くだけで、議論が事実ベースに着地します。エンジニアに「今、現状はどうなっていますか?」と現物の確認を頼むのも有効です。
手順3:担当を「やる・保留・依頼先」に割り当てる
分解できたら、それぞれに「今やる/いったん保留/誰に依頼するか」を割り当てます。4つに分けたうち、1つは社内で即完了、1つは外注、1つは互換性を確認してから保留、1つは別チームへ——というように、塊のままでは動かなかったタスクが、分解した瞬間に動き出します。
よくある落とし穴
落とし穴1:1つの依頼に複数の問題を混ぜたまま投げる
「重くて古くてフォームも変だから直して」とまとめて依頼すると、エンジニアはどこから手をつけるか判断できず、見積もりも膨らみます。1依頼=1問題に切ってから渡すと、回答も対応も速くなります。
落とし穴2:AとBで言うことが違ったとき、板挟みで止まる
複数のエンジニアや外注先が関わると、「Aさんは更新が必要と言い、Bさんは更新は無関係と言う」という食い違いが起きます。ここでビジネス側が固まると進行が止まります。対処は、「この作業に更新は必要か?必要でないなら、今やるのは何か」を一文で全員に共有して認識を揃えることです。判断を引き取るのではなく、論点を揃える場を作るのがビジネス側の役割です。
あわせて整理したいのが、時間軸と優先順位です。複数の作業が絡むときは、(1) 依存関係(どれを先にやらないと次が進まないか)と、(2) 今すぐ効くもの(小さく早い改善)を分けて、着手の順番を決めます。「全部を一度に」ではなく「何を先に・何を後で」を決めるだけで、板挟みの多くは解けます。順番が決まれば、各担当も自分の番がいつ来るか分かり、待ちのストレスも減ります。
落とし穴3:専門用語をそのまま受け流す
「互換性の影響が出る」「ソースの修正が必要」と言われて、分からないまま頷いてしまうと、後で前提がズレます。**「それは更新の話ですか、設定の話ですか」「やらないと何が起きますか」**と、症状と原因をつなぐ問い返しをするだけで、会話は具体に降ります。
実例:1つの相談が、実は4つの別問題だった
アペアルが支援したとある企業では、もともと「サイトの流入をもっと計測しやすくしたい」「ブログ(コラム)を見やすくしたい」という前向きな相談から会話が始まりました。その実現のために機能を足そうとしたところ、別の論点が浮かびます。「そもそも、サイトのWordPressをずっと更新せずに放置しているが、大丈夫なのか?」——そして「では、先に更新しようか」という話に発展しました。
ここから、いくつもの相談が同時並行で走り出します。技術が分からないマーケティング担当者は、何が本筋なのか分からなくなって混乱。エンジニア側も「この人は、結局どれをやりたいんだろう?」と戸惑い、お互いに少しギクシャクした空気になってしまいました。
そこで、間に立つ担当者が、絡まった相談を「分解の型」に通したところ、ひとつの塊に見えた相談が、実は4つの独立した問題だと分かりました。
- WordPressの大幅な更新(→ 専門の外注先に依頼すべき別件)
- フォームと顧客管理システムの接続の修復(→ エンジニアに依頼)
- 記事ごとの閲覧情報を顧客管理に追加で流す改修(→ 更新との互換性を確認してから着手するため保留)
- 流入元の計測項目を増やす設定(→ すでに対応完了)
分解した結果、「更新しないと全部が進まない」という思い込みが解け、完了1・依頼1・保留1・外注検討1として、止まっていた相談がその場で前進しました。鍵になったのは高度な技術知識ではなく、「これは更新の話か、接続の話か」を切り分け、管理画面という一次情報を1つ確認したことだけです。
このように、計測環境の整備やAIO/SEO改善、AI・DX導入の現場では、ビジネスとエンジニアの間に立つ「翻訳」の有無が、プロジェクトの速度を大きく左右します。
FAQ
Q. 技術が分からなくても、エンジニアとの会話を前に進められますか?
A. はい。必要なのは技術知識そのものより、「これは何の話か(更新・設定・接続・別件)」を切り分ける問いと、一次情報を1つ確認する習慣です。分からない用語は「それは更新の話ですか、設定の話ですか」「やらないと何が起きますか」と問い返すことで、会話を具体に落とせます。
Q. エンジニアによって言うことが違うとき、どうすればいいですか?
A. ビジネス側が技術的な正否を判断する必要はありません。「この作業に更新は必要か。必要でないなら、今やるべきことは何か」という論点を一文で全員に共有し、認識を揃える場を作ることが役割です。判断を引き取るのではなく、論点を揃えることで食い違いは解消に向かいます。
Q. なぜAI・DXのプロジェクトで、この翻訳が特に重要になるのですか?
A. AIやデータ連携の導入は、複数のツール・設定・既存システムが絡むため、「ひとつの依頼に複数の問題が混ざる」状況が起きやすいからです。症状を原因に切り分けないまま進めると、手戻りや見積もりの膨張が起こりやすくなります。
Q. 社内にエンジニアがいない場合でも使えますか?
A. 使えます。むしろ外注先やツールベンダーとのやり取りでこそ、症状と原因の翻訳が効きます。1依頼=1問題に切ってから渡す、一次情報を1つ確認する、という進め方は、相手が社内か社外かを問わず有効です。
まとめ
- エンジニアとの会話が噛み合わないのは、ビジネス側が「症状」、エンジニアが「原因」で話す語彙のズレが構造的な原因。
- 解決は専門知識ではなく分解。「更新・設定・接続・別件」に切り、一次情報を1つ確認し、「やる・保留・依頼先」に割り当てる。
- ひとつに見えた依頼を分解すると、止まっていたタスクが「完了・依頼・保留・外注」として同時に前進する。
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